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浦和地方裁判所 平成2年(ワ)48号 判決

原告

全日本鉄道労働組合総連合会

右代表者執行委員長

福原福太郎

右訴訟代理人弁護士

水嶋晃

奥川貴弥

寺崎昭義

町田正男

被告

上尾市

右代表者市長

荒井松司

右訴訟代理人弁護士

関井金五郎

萩原猛

町田知啓

主文

一  被告は、原告に対し、金二二万八七九九円及びこれに対する平成二年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成二年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一当事者

1  原告は、略称をJR総連といい、JR関係の労働者で組織する東日本旅客鉄道労働組合などの単位組合の連合体である(柳沢秀広証言、弁論の全趣旨)。

2  被告は上尾市福祉会館(以下「本件会館」という。)を設置する地方公共団体である。

訴外富岡日出男館長(以下「富岡館長」という。)は、上尾市長の権限に属する事務の専決事項として、本件会館を管理し、その使用許可、不許可その他の処分をなす権限を有する、被告の公権力の行使にあたる公務員である。(以上は争いがない。)

二本件会館使用許可申請

1  原告の総務部長田中豊徳(以下「田中部長」という。)が平成元年一二月二日帰宅途中、大宮市の自宅付近において何者かによって殺害された。この事件は、新聞等により内ゲバ事件として報道されるところとなった。原告らは、同人を追悼するために、合同葬(以下「本件合同葬」という。)を行うことを計画した。(以上につき、〈書証番号略〉、柳沢証言)

2  そこで、原告の総務財務局長柳沢秀広(以下「柳沢局長」という。)は、平成元年一二月一六日、上尾市長に対し、次のとおり本件会館大ホールの使用許可申請をした(争いがない。)。

催し物の名称 JR総連・JR東日本労組・JR東日本旅客鉄道株式会社合同葬

催し物の内容 合同葬

予定人員 一〇〇〇人

使用施設 大ホール

使用年月日 平成二年二月一、二日(但し、一日は準備のため)

3  右申込みには、本件会館の高橋正富主幹(以下「高橋主幹」という。)が応対した。柳沢局長が申込書を提出し、本件合同葬の内容を説明し、田中部長の虐殺事件が新聞記事にもあることを伝えたところ、高橋主幹は、過去にも本件会館において社葬を行った例があり問題がない旨答えた。

その際、高橋主幹から、警備要請があれば警備をしてもらえるかという質問があり、柳沢局長は要請があれば警備をする旨伝えた。また、高橋主幹より本件会館の隣にある上尾警察署に話をしておいて欲しいという要請がなされたため、柳沢局長は、同署警備課長にその旨報告した。(以上につき、柳沢証言、弁論の全趣旨。なお、富岡証言中これと異なる部分は、柳沢証言及び弁論の全趣旨と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。)

三使用不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)

1  しかし、同月一九日、本件会館側は、柳沢局長ら原告側担当者を呼び出し、富岡館長が、内ゲバ事件を起こすような団体に本件会館の大ホールを貸すことはできない旨述べて、使用不許可とすることを明らかにした。

これに対し、柳沢局長らは、本件合同葬の内容、形式、過去本件と同じ主催者による同様の合同葬は、いずれも一切混乱は生じておらず、公共の施設に何らかの支障が生じたことが全くなかったこと等を説明して使用許可を求めたが、富岡館長の使用不許可の意思は変わらなかった。

(以上につき、富岡証言、柳沢証言、弁論の全趣旨)

2  柳沢局長ら原告側担当者は、同月二二日にも富岡館長らに面会を求めた。

その際、富岡館長は、上尾市福祉会館設置及び管理条例(以下「本件会館設置管理条例」という。)六条一項一号の「会館の管理上支障があると認められるとき」に該当するとの理由を示し、改めて本件会館の使用を許可しない旨の回答をし、その旨の上尾市福祉会館長名義の書面を交付した。

柳沢局長ら原告の担当者が、本件会館設置管理条例六条一項一号に該当する具体的事由を問いただしたところ、富岡館長は、新聞などによれば、田中部長の殺害事件は「内ゲバ事件」と報道されているので、そのような事件を起こした団体の葬儀が行われると本件会館の管理上支障が生ずるおそれがあると説明した。

これに対し、柳沢局長らは、前回と同様に、本件合同葬の内容、形式、過去本件と同じ主催者による同様の合同葬はいずれも一切混乱は生じておらず、公共の施設に何らかの支障が生じたことが全くなかったこと、本件合同葬について、現在まで何らかの妨害が行われるかもしれないというような兆候は全く伺われないが、仮にそのようなおそれがあるならば、原告側による自主警備あるいは警察に対する警備の要請をし、それらによって混乱を予防・排除すること等を説明した。

その結果、富岡館長は、再検討することを約束した。

(以上につき、〈書証番号略〉、富岡証言、柳沢証言、弁論の全趣旨)

3  しかし、富岡館長は、同月二六日、原告側担当者に対し、電話で、①本件会館は上尾市民に優先的利用権があること、②本件合同葬は警察の警備を必須とするものであり、このような催し物は市民感情にそぐわないものであること、③本件会館には他に部屋があるが、本件合同葬の開催はそれらの利用者に迷惑をかけることになることを理由として、本件不許可処分を維持する旨通告した(争いがない。)。

4  そのため原告は、本件会館で合同葬を行うことができず、平成二年一月二七日に日比谷公会堂で合同葬を実施した(〈書証番号略〉、柳沢証言)。

四まとめ

本件は、原告が、本件不許可処分により原告の集会の自由を奪われ、原告があたかも反社会的集団であるかのように扱われたことにより、その人格的利益、社会的評価を著しく毀損させられるなどの損害を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づき、損害金合計一〇〇万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

第三主要な争点とこの争点に関する当事者の主張

一主要な争点

1  本件会館設置管理条例に基づく使用許可不許可処分に関して管理権者に許される裁量の程度(法規裁量か自由裁量か)

2  富岡館長の本件不許可処分の適法性

3  原告の損害

二主要な争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 争点1(管理権者に許される裁量の程度)について

(1) 基本的裁量権

憲法二一条一項、地方自治法二四四条二項の趣旨に照らし、本件会館設置管理条例六条は、管理権者による自由裁量を許すものではなく、客観的にみて管理運営上の支障を生じる蓋然性が合理的に認められる場合にのみ使用不許可ができるものと解すべきものである。

(2) 住民以外の利用者との関係での裁量権

地方自治法二四四条三項が念頭に置いているのは、当該地方公共団体の住民である。しかし、憲法一四条一項の趣旨に照らすならば、事情の許すかぎり、当該地方公共団体の住民と住民以外の者とは同様に取り扱うべきである。従って、住民以外の者も本件会館利用について住民と同じ法的利益を有するものであり、これに対する管理権者の裁量権についても、住民と同様に考えるべきである。

また、本件会館設置管理条例上も、両者を区別する規定を置いていない。

(二) 争点2(本件不許可処分の適法性)について

被告の主張する各事由は、いずれも本件会館設置管理条例六条の不許可事由には該当しない。

(1) 上尾市民に本件会館の優先的利用権があるとの主張について。

本件会館設置管理条例中に上尾市民に優先使用権を認めることを前提とした規定は存在しない。

また、そもそも、本件の場合、原告が合同葬を予定した二月一、二日の本件会館ホール使用申込者は原告以外に存在しなかったのであるから、住民に優先的利用権があるなどということは全く拒否理由にならない。

(2) 本件合同葬は警察の警備を必須とするものであり、市民感情にそぐわないとの主張について

集会の自由の重要性に鑑みれば、本件会館施設管理条例六条にいう「管理」とは、限定的に当該施設の構造等物的設備としての管理を指すものと解すべきであり、被告の主張するような事由は、六条一項一号には該当しないと言うべきである。

また、そもそも、平成元年一二月当時、本件合同葬を妨害する動向があるとか、市民から被告に対し懸念の意思が表示されているといった、警察の警備の必要や市民感情を基礎付ける客観的な合理的根拠は存在しなかった。

(3) 他の部屋の利用者の迷惑になるとの主張について

本件会館大ホールは、他の集会室への入口とは全く別個になっていて構造上明確に区別されており、一階大ホールを警備しても、他の集会室利用者への影響は客観的にも考えられないものである。

(三) 争点3(原告の損害)について

(1) 財産的損害

本件不許可処分により、一二月一六日以降、原告が本件会館申込み等の手続のために費やした費用は全て無駄になった。その内訳は次のとおりである。

イ 平成元年一二月一六日、申込み手続をした原告側担当者柳沢局長の日当・交通費

日当 三〇〇〇円

交通費 三一七〇円

ロ 同月一九日、本件会館側の呼出に応じて出頭した原告側担当者二名の日当・交通費

日当 六〇〇〇円

交通費 二三四〇円

ハ 同月二〇日、原告本部において、弁護士二名と打ち合わせたことによる弁護士の日当・交通費

日当・交通費 五万〇〇〇〇円

ニ 同月二二日、本件会館側と折衝するために本件会館に赴いた弁護士一名及び原告側担当者二名の日当・交通費

弁護士日当・交通費 二万五〇〇〇円

担当者の日当 六〇〇〇円

担当者の交通費 三七四〇円

ホ 富岡館長及び上尾市長に対し同月二八日付けの内容証明郵便を発送した費用

郵券代 四五四九円

以上合計 一〇万三七九九円

(2) 非財産的損害

イ 原告は法人格ある労働組合であるところ、このような団体も個々の構成員を離れて別個の社会的存在を有して活動するのであるから、その社会において有する地位即ち品格、名声、信用等を有するのであり、従って、右品格、名声、信用等が侵害され社会的評価が低下減退させられたときは、非財産的損害を被ることになるものである。

ロ ところで、富岡館長の違法な本件不許可処分行為によって、原告は、田中部長の月命日である平成二年二月二日に、同人の地元、出身地である大宮市周辺において合同葬を行うことができなかった。このことは、遺族や田中部長の仲間などにも影響を与え、原告の人格的利益、社会的信用が著しく失墜された。また、代替会場の確保のためにも奔走せざるをえず、多大の物質的、人格的損害を被った。

ハ また、原告は、各種集会、大会等において、会場使用が不許可にされたということは今回が初めてのことであり、しかも、内ゲバ事件を起こしたような団体などと言われ、内ゲバの一方の当事者、反社会的集団かの如き扱いをされて、集会の自由を奪われ、著しく人格的利益、社会的信用を毀損させられた。

ニ 以上のような人格的利益の侵害、社会的評価の毀損による原告の損害は、原告の社会的地位、活動、本件処分の態様とその理由等の事情に照らすと、七〇万円を下らない。

(3) 弁護士費用

本訴提起のための弁護士費用として二〇万円を支払うことを約した。

2  被告の主張

(一) 争点1(管理権者に許される裁量の程度)について

(1) 基本的裁量権

本件会館設置管理条例に基づく管理権者の使用許可不許可処分は、法規裁量行為であるが、広い裁量権が与えられており、その不許可処分は、管理権者が自己の有する裁量権を明らかに逸脱もしくは濫用しており、その結果処分対象者に重大な不利益を与えた場合に初めて違法になるものと言うべきである。

(2) 住民以外の利用者との関係での裁量権

本件会館は、上尾市民の文化的向上と福祉の増進を図るために設置されたものである。また地方自治法二四四条が念頭に置いている対象者も、当該自治体住民であり、住民以外の者は、同法による保護の対象となる使用利益を有しているものではない。

仮に、当該自治体住民以外の者の使用利益が法的価値を有しているとしても、それは住民の使用利益と同価値のものではなく、使用の許否を決する自治体の裁量を拘束するものではない。しかも、本件会館の目的外使用の許可はあくまでも例外的で必要最小限度に止めることを原則とすべきである。従って、当該自治体住民以外の者との関係では、管理権者は自由裁量権を有しており、その不許可処分は、判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くか、または事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合にのみ違法となるものと言うべきである。

(二) 争点2(本件不許可処分の適法性)について

本件不許可処分の理由の中心は、違法な手段等を行使しての妨害や混乱の発生の危険による不安を、近隣住民や本件会館を利用する住民に与えかねないような部外者の集会のために、住民全体の公有財産を使用に供することへの懸念や、かかる住民感情への配慮にある。即ち本来的権利者である住民の市民感情(市民生活上の平穏)にそぐわないような実態(警察ざた)を招きかねない集会開催のため、元来特例的に許されるに過ぎない目的外使用を認めることについて、管理者として大きな抵抗を感じたからである。原告側担当者自身が妨害の危険をかなり強く意識していた本件の集会であってみれば、管理者としてそのように感じたのは尚更無理のないことである。

けだし住民の福祉増進のための施設が、地域周辺住民の安全かつ静穏に生活する利益への配慮を欠くことになっては施設の目的に反するからである。そしてまた「管理上の支障」という不許可事由には、施設の物理的支障のほか、他の利用者の平等かつ円満な利用享受権や周辺住民の地域生活上の安全・環境利益の侵害も含まれる。従って、結果として警察力等により妨害行動が阻止され、抑止される可能性があったとしても、それ以前に近隣住民に対して当日まで平穏な生活への不安や警備上の要請としての生活上の不便を与え、また本件会館を利用する住民に対して当日の施設利用への不安やその結果として利用の敬遠を惹起することへの問題点等を総合的に考慮した結果使用不許可が相当と判断したとしても、何ら右判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであると言われるものではない。

従って、本件不許可処分は適法である。

(三) 争点3(原告の損害)について

(1) 原告に財産的損害が発生した事実はない。

(2) 平成二年二月一日、二日に一〇〇〇人規模の合同葬を行うことが可能であった埼玉県下の施設は、本件会館の他に一二も存在した。それ故、原告が田中部長の月命日に同部長の地元で合同葬を行うことができなかったことの原因は原告の調査不足にあるのであって、本件不許可処分が原因であり、これにより非財産的損害を被ったとする原告の主張は理由がない。

(3) 富岡館長が本件不許可処分をした理由は右(二)のとおりであり、その説明の過程で、原告をして外部から襲撃を受けるような団体と受け取られる程度の発言があっただけに過ぎないのであるから、原告を反社会的集団の如く扱ったものとは到底言い難い。従って、原告を反社会的集団の如く扱ったことにより非財産的損害を被ったとする原告の主張も理由がない。

第四主要な争点に対する判断

一争点1(管理権者に許される裁量の程度)について

1  基本的裁量権

本件会館は、被告が市民の文化的向上と福祉の増進を図るために設置したものであり、客席一一六八席を有する大ホールをはじめ、会議室、結婚式場等利用目的に応じて多数の部屋が設けられている(〈書証番号略〉)。右の設置目的、構造及び規模に照らせば、本件会館は多数の者が利用することを予定した公の施設であると言うべきであり、このような施設にあっては、地方公共団体は正当な理由がない限り利用を拒んではならないものとされている(地方自治法二四四条二項)。

地方自治法のこの規定は、憲法二一条一項が保障する集会の自由が、民主主義社会を支える根幹となる表現の自由の一つであるという重要性を考慮して設けられたものであると解される。

このような集会の自由の重要性に鑑みれば、利用を拒む正当な事由は最小限度に止められるべきであるとともに、右事由は管理権者が主観的に存在すると考えれば足りるのではなく、客観的事情に基づいて存在すると認められるものでなければならない。

本件会館設置管理条例六条の不許可事由もまた、憲法二一条一項、地方自治法二四四条二項の精神に適合するよう解釈されなければならないとともに、その存否の判断は、客観的かつ合理的になされなければならない。

このように本件会館の管理権者は、法規により限定された範囲内で裁量権を有するにすぎないのであり、被告が主張するような広範な裁量権を有するものではない。

2  住民以外の利用者との関係での裁量権

地方自治法は、地方公共団体と当該地方公共団体の住民との関係を規定した法律であり、同法二四四条三項も直接的には当該地方公共団体の住民間での差別を禁止しているにすぎない。

しかし、憲法の精神、とりわけ法の下の平等を保障し(一四条一項)、集会の自由を保障し(二一条一項)、更に地方自治を強化するとともに(第八章)、地方公共団体に対し民主主義社会の発展とその基礎となる基本的人権の擁護に積極的役割を果たすことを期待していると考えられることに鑑みれば、当該地方公共団体の住民に合理的と認められる範囲で優先的地位を与えることは格別、その範囲を越えて住民以外の者を不利益に差別することは許されないと言うべきである。

従って、本件会館の使用許可不許可処分に関し管理権者に許される裁量の程度は、基本的には住民と住民以外の者とで異ならないと解すべきであって、住民以外の者は法的利益を有しないとし、あるいは管理権者は自由裁量権を有するとする被告の主張は採用できない。

なお、付言するに、原告組合の組合員は、十数万人を数え、また、田中部長は、上尾市に近い大宮機関区の出身であり、その遺族も同市に隣接する大宮市に居住している(柳沢証言)ことなどから、本件会館で合同葬が行われれば、上尾市の住民も多数参したであろうことは推認に難くないから、使用許可申請者又は集会の主催者の住所によってだけ住民と住民以外の者とを区別することはできないのであり、その意味で、本件会館の使用が、上尾市の住民と全く無関係のものであったということはできない。

二争点2(本件不許可処分の適法性)について

1  既に判示したように、本件不許可処分は、本件会館設置管理条例六条一項一号の「会館の管理上支障があると認められるとき」に該当することを理由としてなされたものであるが、その理由の中心は、本件合同葬は警察の警備を必須とするものであり、このような催し物は市民感情にそぐわないものであるとの点である。

2  しかし、同条例六条の不許可事由は、憲法二一条一項、地方自治法二四四条二項の精神に適合するよう解釈されるべきであるから、外部からの攻撃等を防ぐために警察の警備を要することが「会館の管理上支障があると認められるとき」に該当するのは、警察が警備をしてもなお利用者や近隣住民の生命等に危害が加えられる危険性が高度に存在する場合に限られると解するべきである。けだし、外部からの攻撃等を防ぐために警察の警備を必要とすることを理由に安易に集会を拒むことを認めることは、暴力をおそれるあまり集会の自由を規制することを認めるに等しいこととなり、ひいては違法な暴力行為を助長して民主主義社会の存立を危うくすることになりかねないからである。むしろこのような場合、地方公共団体は、可能な限り手段を尽くして違法な暴力から集会を擁護することが、憲法の精神にそうものであると言うべきである。

3  しかるに、本件の場合、富岡館長らが外部からの攻撃等があるのではないかという危惧感を抱いた根拠は、田中部長の殺害が内ゲバ事件によるものではないかという新聞の憶測記事のみであり、外部からの攻撃等の危険性が高度に存在する結果警察の警備を要する状態であったことを認めることのできる証拠はなく、それ以上に、警察が警備をしてもなお利用者や近隣住民の生命等に危害が加えられる危険性が高度に存在することを認めるに足りる証拠は全くない。

4  次に、本件合同葬は警察の警備を必要とするので市民感情にそぐわないという事情は、そこにいう「市民感情」という概念も甚だ曖昧なものであって、本件会館設置管理条例六条一項一号にいう「会館の管理上支障があると認められるとき」に該当するとはいえないと解すべきである。当該催し物自体が公の秩序を害するものであることが明らかであるといった客観的事情が存在する場合には、同条例六条一項二号(「公共の福祉を阻害するおそれがあると認められるとき」)または三号(「その他会館の設置目的に反すると認められるとき」)に該当し、これによって市民感情も反射的に保護されることはありうるが、この場合であっても、同条例六条一項各号に該当するのは右客観的事情であって、市民感情ではないというべきである。なお、本件合同葬が公の秩序を害することが明らかであるとは認められない。

そもそも市民感情に対する配慮は、現実に反対の声が上がった場合、あるいは上がる蓋然性が高い場合に、市民に対し、集会の自由の重要性を説明するなどの方法によって行うべきであって、単に市民感情に反するというような漠然とした理由で使用を不許可とすることは、何事も平穏無事にしかずといういわば事なかれ主義的発想の表れであり、許されないというべきなのである。

5  富岡館長が示し、また被告の主張するその他の事由も不許可事由となり得ない。即ち、上尾市民に優先的利用権があるとの理由は、原告が本件会館大ホールの使用を予定した平成二年二月一、二日に、原告以外の団体等が大ホールの使用許可申請をしたと認めるに足りる証拠がないことから失当である。また、他の部屋の利用者の迷惑になるとの理由は、大ホールの入口が他の部屋の入口とは別個になっていると認められること(〈書証番号略〉)及び本件合同葬が他の部屋の使用に支障を来すような態様で行われる見込みであったと認めるに足りる証拠は全くないことから失当である。

6  以上によれば、本件不許可処分は、本件会館設置管理条例六条の適用を誤り、地方自治法二四四条二項にいう正当な理由なくして本件会館の使用を拒んだものであって、違法であり、しかも、柳沢局長らの再三にわたる説明にもかかわらず不許可処分を維持したのであるから、富岡館長には右違法な処分をするにつき少なくとも過失があったと認めるのが相当である。

三争点3(原告の損害)について

1  財産的損害

(一) 担当者の日当・交通費

柳沢証言及び弁論の全趣旨によれば、平成元年一二月一六日から二二日の間に、本件会館側と折衝するために、本件会館に赴いた原告側担当者は延べ五人であり、その日当は合計一万五〇〇〇円(三〇〇〇円×五)、交通費は合計九二五〇円(三一七〇円+二三四〇円+三七四〇円)であることが認められる。そして右金額は富岡館長の違法な不許可処分により原告が被った損害と認めるのが相当である。

(二) 弁護士の日当・交通費

柳沢証言及び弁論の全趣旨によれば、同月二〇日に原告本部において、原告側担当者と弁護士二名が本件不許可処分に関して打合せをしたこと、同月二二日には弁護士一名が本件会館に赴いて本件会館側と折衝したことが認められる。事案の性質、弁護士の負担等に照らせば、右による弁護士の日当・交通費は合計五万円の限度で、富岡館長の違法な不許可処分により原告が被った損害と認めるのが相当である。

(三) 内容証明郵便代

〈書証番号略〉、柳沢証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は富岡館長及び上尾市長に対し、同月二八日付けで、本件不許可処分の取消と謝罪を求める内容証明郵便を発送したこと、そのために四五四九円の費用がかかったことが認められる。事案の性質、今後の同種事案への影響を考慮すれば、右措置は相当なものであり、その費用は、富岡館長の違法な不許可処分により原告が被った損害と認めるのが相当である。

2  非財産的損害

(一) 柳沢証言及び弁論の全趣旨によれば、本件不許可処分により、田中部長の月命日である平成二年二月二日に同部長の地元である大宮市周辺で合同葬を行うことが困難になった結果、原告は社会的信用を失うとともに、代替会場の確保のために物的、人的損害を被ったことが認められる。これを金銭に評価すれば一〇万円が相当である。

(二) 〈書証番号略〉によれば、本件会館の他にも同日に使用可能な大宮市周辺の会場は存在したことが認められるが、このように他の会場を利用することができたからといって、本件不許可処分の違法性が失われるものではなく、原告の非財産的損害発生の事実を否定することもできないと言うべきである。

(三) なお、原告は、富岡館長に内ゲバ事件の一方の当事者、反社会的集団のような扱いをされ、これによっても原告の社会的信用等を毀損させられたと主張する。しかし、富岡証言及び柳沢証言によれば、富岡館長は、原告が内ゲバ事件を起こすような団体である旨の発言をしたが、その意図するところは、外部からの攻撃を受ける団体であるということであり、柳沢局長もそのような内容であると理解していたことが認められる。従って、右発言をもって、原告をして内ゲバ事件の一方の当事者、反社会的集団であるような扱いをしたものとは認められない。

3  弁護士費用

本訴提起のための弁護士費用は、事案の性質、認容額に照らして、五万円が相当である。

第五結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、損害金二二万八七九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官飯島健太郎)

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